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執筆者の写真上の助空五郎・Soragoro Uwanosuke

興味と実演

2023.9.9

高根・野麦

4年ぶりの秋例祭



熊野神社に到着すると、熊笹の森に注ぐ光りがきれいだった。


素朴を絵に描いたような祭。



なんべん御神酒を飲むんだろう?と思うほど神事が終わる度に、お猪口にに酒が注がれる。神主さんの顔も赤くなっていく。全員ヨロヨロしだした頃に、お神輿を担ぐ。担ぐと言っても本堂から拝殿への移動。そしてまた酒が注がれる。楽しい。



日が落ちてきた頃に御神楽と獅子舞が始まり、そして拝殿で野麦イササを踊る。みんな踊っていたからその写真はない。ちょいなを踊ったあと、さらに知らなかった別の野麦の踊り唄を教えてもらった。その踊り唄の名前を聞いても誰も知らなくて、「いっちやねー」と唄いだす野麦の方々の節に耳と目を全集中する。驚いたのは、その唄が白鳥踊りの場所踊りのメロディーにとても似ていたこと。踊りは違う。信州と飛騨の境目にある野麦峠、江戸街道沿いに唄がどうやって伝わっていったのか、さらに興味が湧いた夜だった。



昔は(50年ほど前)この祭を3日間やっていたそうだ。それだけ人がいて、若い人がいて、お神輿を担いで村中を廻ったそうだ。飛騨の祭では有名な「へんべとり」という獅子舞と大蛇の舞。野麦独特のへんべとりが大変面白く、覚えたいなと思った。笛も太鼓も踊りも、今はまだできる年配者がいるけど10年後、20年後はどうだろうと1人でなん役もこなしていた大野さんは憂いでいた。



昭和の高度経済成長、平成の大合併によって、日本中の田舎の素朴な祭は縮小していったと思う。観光地のいわゆる他所の人に見せる祭は文化が形となって残りやすいが、こういった山の集落で行われるいわゆる自分たちのためだけの祭は、その独自の唄と踊りや文化ごと忘れ去られようとしている。日本中で。

人間の幸せって何だろう?と考える週末だった。



高山へ帰るたびに、野麦を峠を上り下るたびに、自分がやりたいことがハッキリしていくこの一年だった。


最近はツアー先のどこへ行っても野麦イササを歌ってる。広めたいという気持ちもあるが、それよりどうやったら唄が面白くなるかを考えている。どうしたら文化は人に興味を持たれ、掘り下げられ、次の世代に伝わるソウル風土となりえるか。キーワードは興味と実演。イササの味わい深い節、メロディー、唄の文句が好きなもんで。いっぺんライブで聴いてくだされ。ボッサイササ。




11月のjust a soragoroツアーはそんなショーをやる。「ひだびとのうた」間もなく発表。


11/7 名古屋 得三

11/11 高山 日下部民藝館

11/12 関 高橋商店

11/24,25 東京 ザムザ阿佐ヶ谷

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